2026.07.18
テレビの向こうの高校生に、ドキッとした夜
なぎです。今日も来てくれてありがとう。
先日ね、ちょっとテレビを見ていたんです。そこで流れていたのが、引きこもりの高校生のドキュメンタリーでした。
「甘いんじゃないか」と思ってしまった自分
そのドキュメンタリーは、引きこもりそのものにフォーカスしているというよりは、お家のお片付けをすることで生活環境や人生が変わってくるよね、みたいな内容でした。お母さんと男子高校生の二人暮らし。お母さんはすごく多忙で、なかなか片付けが難しくて、物も捨てられなくて、どんどんお家に物が溜まっていってしまう。
お部屋は人数分あるはずなのに、お母さんが寂しいからっていう理由で、お子さんはリビングのソファーで寝ていて。お母さんは朝、職場に行くときにダイニングで食事をして、なんだか生存確認みたいに「今日も生きてるわ」と言いながら出勤していく。そんな暮らしぶりでした。お子さんは昼夜逆転はしていなくて、朝7時ごろ起きて、お昼は自分で作って、夜はお母さんが帰ってくる分のご飯も用意している。今回のドキュメンタリーでは、物置部屋だったところを片付けて、お子さんの部屋を作ってあげる、という回だったんです。
それを見てね、私、正直に言うと「ちょっと甘いんじゃないか」って思ってしまったんです。そんないい環境を与えちゃったら、ますます何もしなくても快適に過ごせちゃうわけで、働く意欲がなくなってしまうんじゃないか、って。テレビの前で、そんなことを考えてしまいました。
数年後の我が子を、重ねてしまう
そう思ってしまったのは、やっぱり自分の子と重ねてしまうからなんですよね。うちの子は今、小学生。でもあと数年したら、あの子も同じくらいの年齢を迎える。高校は義務教育じゃないから、行かない選択だってあるわけで。そのとき、うちの子はどうなっているんだろう、って同時に思ってしまったんです。
そこで気づいたんですけど、今、子どもが学校に行けていないことを許容しようとしている自分に対しても、別の自分がきっとどこかで「甘い」って思っているんだろうなあ、って。ガンガン言って、どうにかなるものでもないのはわかっているんです。もう許容するしかない、っていう気持ちと、甘いんじゃないかっていう気持ちと、両方があって。すごく複雑な思いで、あのテレビを見ていました。
もし本当に引きこもりみたいになったら、自分はどうするんだろうって、少しだけ先のことも考えました。今のところひとつだけ決めているのは、18歳のタイミングで、進学していないのなら、一定額を家に入れてもらうか、自宅を出てもらうか、どちらかにしたいなあ、ということ。これは一応、本人にも伝えてあります。ただ、そのときにならないとわからないし、その前に高校生になるのかどうかもわからない。本当にこの先はどうなるか、わからないなあって思っています。
思うことは、自由だから
最近、AIの進化が本当に目覚ましくて。記憶力とか計算とか処理速度みたいなものは、もう人間がAIに勝てる気がしないんですよね。そんな時代に、じゃあ人間はどうしたらいいんだろうって考えることもあって。もちろん勉強がいらないとか無駄だとか、そんな極論ではまったくないんですけど、就職のための学歴みたいなものに、私自身はあまり固執しないでいこうかなと思っています。この不登校をきっかけに、そう思えるようになったんです。
結局、何が正解かなんて、その子の気質によって全然違うから、どの子にも当てはまる成功法なんて存在しないんですよね。最初のテレビの話じゃないけれど、その子のことを一番よく知っているのは、絶対に親なんです。親子がお互いに心地よくいられる形、それがきっとその家の正解なんだろうなあって思いました。
あのお母さんとお子さんのことを、私はテレビの前で勝手に「甘い」って思ってしまったけれど、でも、何かを思うっていうのも自由なんですよね。それを口に出して誰かを攻撃しなければ。思考なんて、どんどん勝手に湧き上がってきちゃうものだし。だから、これからもいろいろ思うと思うけど、その気持ちを否定せずに「ああ、今の自分はこう思ってるんだなあ」ってそのまま受け入れて過ごそうかな、と思いました。
あなたは、他人やお子さんの将来だったり、進路だったり、いろんな選択について、自分の価値観で決めつけてしまうこと、ありますか。私は、あります。それでもいいんだと、今日は自分に言ってあげようと思います。
では、今日はここまで。またね。
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