2026.08.16
声をかけなかった朝のこと
なぎです。今日も来てくれてありがとう。
今日はね、新学期が始まった日のことを、そのまま話してみようと思うんです。まとまってないかもしれないけど、それでもよかったら聞いてくださいね。
暗黙の妖怪みたいな朝
結論からお伝えすると、今日、学校には行けませんでした。新学期の初日だったんだけどね。
朝、私は声をかけなかったんです。もうね、数日前から「絶対に声はかけないぞ」って、自分に約束みたいにしていて。だから黙っていて、本人も起き上がってくる感じはなくて。お互いに、なんだか暗黙の妖怪みたいな感じで、静かにその朝を過ごしていました。
心の準備はしていたつもりなんです。声もかけないって決めていたし。でもね、今こうして、正直に言うと落ち込んでおります。準備していたって、こうなるものなんだなあって。
今までの私だったら、この落ち込みを見て見ぬふりしていたと思うんです。「別に平気だし」っていう態度でいたり、あとはよくわからないまま泣いていたり。とにかく感情に蓋をしてきていたんですよね。
でも今回はね、「つらいんだね」っていうことに、一旦ちゃんと目を向けてみたんです。その上で、自分で自分に「いやー、そりゃつらいよね」って声をかけてみる。ちょっと自分に甘いかなとも思うけど、私がどうこうしたって学校に行くわけじゃないから。だから今は、つらいねっていう気持ちを、そのまま、ありのまま受け入れている状態なんです。
ワンチャン、って思っちゃった
人間ってね、やっぱり欲深いなあって思うんです。まあ私だけかもしれないけど。
自分の年代にふさわしくない言葉で言うと、ワンチャンあるかな、って思っちゃったんですよ。ひょっとしたら、もしかしたら、今日は午前中で終わるし、頑張って行ってみるんじゃないか、とか。正直、思ったんです。これも嘘ついちゃいけないなって思って。
結果が出るまでのモヤモヤの時期って、私はいつも悪いほうを考えるんです。結果が悪かったときの自分のダメージが少しでも少なくなるように、って。だから悪いことばっかり想像しようとするんだけど、それでもやっぱり「もしかしたら」っていう欲が、どうしても拭いきれなくて。
一時期はね、そういう期待を自分の思考から一切排除しようって思っていたこともあったんです。でもそれも無理な話だなって、この不登校を通じて、やっと思えるようになったかな。
だってね、感情がコントロールできたら、いろんなことが防げちゃうわけじゃないですか。カッとなって手が出ちゃうとか、スーパーで怒ってる人とか、冷静になれば「やるべきじゃないな」ってわかることでも、感情って強いから、どうしても振り回されてしまう。だからそこを自在にコントロールするなんて、できないし、やろうと思ってはいけないんだなって、この何十年も生きてきて、ようやく気づいたんです。
なかったことにするとか、ないものにするとか、無理なんですよね。だからその上で、じゃあこのつらい気持ちどうしたらいいの、ってなったときに。やっぱり隠さないことかなって。隠していたら、どんどん蓄積されていくだけだから。一旦は目を向ける。それが今の私の対処法なんです。
行ってほしい、でも、そこから何かを
不登校でよかったなんて、全然思えないんです。今だって、行ってくれよって思うし。
でもね、私自身、いろいろ気づきは得られてるなあって思うんです。たくさん気づいたなって。人間として、この経験をもとに、少しは成長できてるのかもしれない。
それでもやっぱり、学校には行ってほしいよね。ふふ。だいぶ不登校に寛容な世の中になってきたとはいえ、親としては、この先々のことだったり、勉強の遅れだったり、気になっちゃう。特に小学校や中学校は留年っていうものがないから、この一日一日が、二度と戻ってこない。もう一回やり直すわ、なんてできないから。もったいないなあって思う気持ちも、正直あるんです。
でもね、ただ「なんで学校に行かないの」って泣いているだけじゃなくて、そこから何かをものにしてやろう、っていう気持ちも、ちょっとだけあって。無理やりだけど、自分の学びにつなげていかないと、やってられないよねっていうところもあって。ちょっとハングリー精神じゃないけど、そんな感じ。
って、なんだか全然まとまってないんですけどね。あ、飛行機がうるさくなってきた。
どうですか、皆さんのところは。行けてますか、行けてませんか。それをどんなふうに捉えていますか。行けても行けなくても、どっちも、あなたの一日ですよね。では、またね。ありがとうございました。
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