おとなりの不登校

たった一枚の紙が、重い

今日も来てくれてありがとう。なぎです。

2学期が始まって、夏休みが明けて。あと1ヶ月ちょっとで、高学年だから宿泊行事があるんですよね。それにまず参加するのかしないのか、親の意向を問う紙をもらってきたんです。今日はそれをもらったときの心境とか、どうしようかっていうところについて、お話ししたいと思います。

ほぼ名前を書くだけの、一枚の紙

正直ね、書くことなんてそんなにないんですよ。子どもの名前と、学年とクラスと番号を書いて、参加しますかどうですかに丸をつけて、親の名前を書いて、判子を押すだけ。ただそれだけなんです。

でも、このたった一枚の紙に、私はとても動揺しています。実はまだ出せていないの。あと数日あるんだけど。

私、すごく忘れっぽいから、いつもは親の記入が必要なものは、もらってきた次の日にはもう持たせるようにしてるんですね。締め切りに幅を持たせてくれていることが多いけど、一週間先まで覚えてられないから、すぐに書くの。でもこの紙に関しては、子どもから「もらったよ」って聞いてるけど、まだランドセルからも出せていないです。

ちょっとだけ説明すると、我が家は半年くらい不登校だったんですけど、今年度に入ったくらいから、教室に行けない子向けに開放されている別室に、ほぼ毎朝登校できているような状況なんです。校舎の中には入ってるから、こういうお手紙も受け取れちゃうんですよね。担任の先生ともほぼ毎日会ってるみたいで。だから手紙はランドセルの中にあるんだけど、受け取って3日4日経ってるのに、まだ出せていない。

丸をつけるだけなのに、書けない

別にこの紙を出したところで、必ず行かなきゃいけないなんてことはもちろんないんだけど、なんだかいろいろ考えてしまうんですよね。

親である私から見て、8割9割くらい、行けないだろうって予想はしていて。頑張って行こうとはするんだけど、結果いけないだろうなって。本人も行きたい気持ちはあるみたいなんだけど、行くとしたら、その前に教室に行かないと、って。いきなり当日、クラスメイトがみんないる状態のバスに「はじめまして」で乗り込むのは変だから。それは最悪の事態だって、本人も認識してるみたいで。この間もボソッと「行くならその前に教室に入らないとな」って呟いてたんです。

その態度とか話してる感じからして、まあ、すごく難しいんだろうなって思ってます。だからといって、親が参加表明をしないっていうのも、後で「行きたかったのに」ってなるだろうから。結局、丸をつけて出すことは変わりないんだけれども。

なんだろう、いつものようにパパッと書けない自分がいるんです。参加に同意するところをぐるっと丸で囲むだけで、「多分行かないのにな」っていう思いがあったり。出発の日、自分が落ち込むんだろうな、とか。いろいろ考えちゃう。たった一枚の紙なのにね。ほぼ名前を書いて終わりなのに、今の私にはすごく重いんです。

家族と行くのと、みんなと行くのと

慣れないよね、きっと。吹っ切れてる人っているのかな。「学校なんか行かなくていいんだよ」「行事なんてめんどくさいからいいよ」って。

でもね、家族で行くのと、お友達たくさんと行くのって、全然違うじゃないですか。同じ場所に行くにしても。市の施設だから、私が連れていってあげることはいくらでもできるけど、友達をたくさん用意することは私にはできないし。その機会を逃すっていうことが、いまだに信じられなくて、なかなか受け入れられないでいるんです。

夏休み前は、結構受け入れられてたんですよ。「行きたくなったら行けばいいじゃない」って思ってた。でも、いざ少しずつ準備が始まっていく中で、どんどん落ち込んでいる自分がいます。もうしょうがないね、これは。宿泊系だから、事前説明会みたいなのもあって。100%行かないってわけじゃないから、聞いておかなきゃ準備に困るかもしれないし、でもかなりの確率で行かないから。ほんと、どうしようって感じ。

今日はもう完全に愚痴です。まあいつも愚痴しか言ってないけど、今の私の気持ちをそのままお話ししました。皆さんは、行事に関するお手紙、どんな気持ちで受け取ってますか。ただの紙なのに、つらいですね。では、今日はここまで。またね。

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