おとなりの不登校

焦りを分解したら、物差しが出てきた

秋になると、ざわざわする

なぎです。今日も来てくれてありがとう。

この秋って、気候も穏やかだし、学校でもイベントが多いんですよね。夏休みが明けて、遠足とか、合唱コンクールみたいなものとか、授業参観とか。そういうのがある度に、自分の子どもがそこに行けていないっていうことを、どうしても目の当たりにしてしまうんです。そうすると、いろんな感情がわーっと出てくる。

学校に行かなくなった最初の頃は、怒りがすごく強かったんですよ。あなたが行かないせいで私が仕事できないじゃない、って。実際そうなんですけど、そこにイライラしてしまっていました。行ってさえくれれば私は仕事ができるのに、って。

でも最近は、慣れてきたのかな。行かないことが日常になりつつあるので、怒りはそこまででもなくなってきて。代わりに強くなってきたのが、将来への不安と、焦りなんです。特に焦りが一番強いかな、って思います。

なんで焦るんだろう、を分解してみた

遠足みたいに、普段いる場所じゃないところにみんなで行くイベントって、日常じゃないぶん参加しやすいかなって思うんですよね。だからこのタイミングで教室デビューしてほしいな、みたいな気持ちがどうしても出てくる。

じゃあ、なんでこんなに焦るんだろうって、ちょっと深掘りしてみたんです。焦るってことは、早く学校に行ってほしいって気持ちがある。じゃあなんで早く行ってほしいんだろう。普通に生活してほしいとか、みんなが勉強している時間に同じだけ勉強してほしいとか、遅れると余計に入りにくくなるだろうから、とか。

そうやって辿っていったら、気づいちゃったんです。これって結局、他の子との比較でしかないなって。子ども本人のことっていうより、自分の中にある「一般的な小学生像」みたいなものに、なるべく近づいてほしいっていう思いが、焦りを生んでるんじゃないかなって。

私は平成の初期に小学校時代を過ごしたんですけど、その頃なんて学校に行かないっていう選択肢が本当になかったんですよね。不登校っていう言葉もなかったし、学級閉鎖とかアレルギー対応みたいなものも、少なくとも私の記憶にはほとんどない。教室の空席なんてめったになくて、たまにあると、そこだけぽっかり穴が開いたような感覚だったのを覚えています。どうしちゃったんだろう、って。

そういう中で育った人間だから、「この年代の子はこうあるべき」っていうイメージが、自分の中にしっかりある。それって、いわば固定観念なんですよね。自分の経験から作り上げてきた物差しで子どもを測って、その基準に満たしていないって判断して、焦っている。そういうことだったんだなあって、分かったんです。

物差しを取っ払うゲーム

もしすごく柔軟な人で、そういう固定観念や判断基準がない人だったら、同じ状況でもきっと何も悩まないのかもしれない。いや、別のことで悩むかもしれないけど。同じ出来事でも、すごく負担に感じる人もいれば、全然なんとも思わない人もいる。そこは、自分の判断基準がそうさせてるのかなって、すごく感じました。

自分が「当たり前でしょ」って思っていることも、他の人にとっては全然当たり前じゃない。だから、自分が常識だと思っていること、本当にそうなの?って、一旦立ち止まってみてもいいのかもしれないなって。

きっかけは子どもが学校に行かないってことだけれど、それを自分の基準で判定して、自分で辛くなっているのは、私なんですよね。たぶんこの先も、就職とか、高校に行く行かないとか、自分の物差しとは全然違う動きを子どもはしていくと思うんです。だって違う人間だから。

子育てって、自分の中から出てきた人間ではあるけれど、いかに他人として認識していくか、みたいなところがあるなあって思いました。自分が作り上げてきた物差しで測れば測るほど、辛い気がする。だから、色眼鏡とか物差しとか、そういうものを全部取っ払って、ありのままを見られるかゲーム、みたいな。そのゲーム、私にはすごく難しいんですけどね。

たぶん物差しを完全に取っ払うなんて無理で、これまでの人生で作ってきたものだから。でも、自分には物差しがあるってことと、それで測ってしまう自分がいるってこと。そこだけは、認識していきたいなあって思いました。今気づけてよかったかな、って。

あなたの焦りを分解してみたら、どんなことが出てきそうですか。思ってもみなかったものが、出てくるかもしれません。では今日はここまで。またね。

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